2026年9月8日火曜日

水時計












【今週の一枚】















Julia Holter - Materia [Domino Recording 2026]

LAを拠点に活動するJulia Holter、2年ぶり12枚目のスタジオ・アルバム。

2024年の「Something in the Room She Moves」収録の「Materia」の別ヴァージョンやツアー中に描き下ろされた新曲を交えた全7曲から成る構成で、そういう意味では前作とは姉妹作という位置づけにあたるようだ。

アート・ポップの奇才として異彩を放つ彼女、20年近くにわたるキャリアのなかでコンスタントに作品を世に問い続けてきた。

アヴァンギャルドやエクスペリメンタルの括りに入るのは間違いないにしても。ポップ・ミュージックの範疇からは逸脱しておらず、フォークロア的なアプローチも追及しているのはアルゼンチン音響派の代表格Juana Molinaあたりにも通ずるものを感じる。

フレットレスベース、クラリネットといったインストゥルメンツは彼女の音楽を特徴づけているが、瞑想的であたかも時空を超えたかのような印象のサウンド・メイキングは今作においても健在だ。

表題曲の続編2曲も味わい深いが、先行シングルの「Fantasy」や2曲目の「My Lost One」に大いに感銘を受けた。

幻想的かつ神秘的なムードに包まれた白昼夢の如き音世界にゆったりと浸りたい。







2026年9月3日木曜日














 

【今週の一枚】



















Madeon - Victory [Mom + Pop Music 2026]

MadeonことHugo Pierre Leclercqによる7年ぶりの3rdアルバム。

まずもって冒頭の「Hi!」の荒々しいギター・ノイズに驚かされる。

チャーリーXCXの最新作といい、ダンス・ミュージックからロックへの接近は昨今のトレンドなのだろうか。

続く「Car Crash Baby」はトラディショナルなアプローチのエレクトロ・サウンドで軽快なリズムで進行しつつもどこか切迫感も感じさせる。

Flatbush ZombiesのErick The Architectをフィーチャーした「Super Platinum」はヒップ・ホップとEDMの相性の良さを体現したかのようなトラックだ。

5曲目の「Somebody Else Lyrics」はMadeonの真骨頂というべき青臭くてエモいメロディを堪能できる。

アルバムのラストを締め括る「Lonely Space Age」は往年のシャンソン~フレンチ・ポップの影響色濃いメロウな楽曲で、今作のなかでも異彩を放っているが、しみじみと余韻に浸れる作りとなっている。

総じてしっかり作りこまれた緻密なサウンド・メイキングを堪能出来る作品に仕上がっているのは間違いないにしても、どこか物足りなさを感じたのも正直なトコロ。

まだまだブレイク・スルーを期待できる大器だと思うので今後の活動ぶりにも注目したい。






2026年8月26日水曜日

確信

 












【今週の一枚】














Phoebe Bridgers - Lost Weekend [Dead Oceans 2026]

紛れもなくキャリア・ベストと言えるのでは。

カリフォルニアのシンガー・ソングライターPhoebe Bridgersによる6年ぶりの3rdアルバム。

ソロ名義としては久々のリリースとなるが、2023年にはJulien Baker、Lucy DacusとのユニットBoygeniusとしてデビュー・アルバムを発表、大いに好評を博したのは記憶に新しい。

コロナ初期の2020年にはThe Nationalのサポート・アクトとして来日する予定だったのがやむなく中止で悲嘆に暮れたものだったが、その後2023年2月にZepp DiverCityで初来日公演を観れたのは本当に素晴らしい経験だった。

さて正に待望の新作となった今作、エレクトロニカやアンビエント寄りのアプローチも感じられるが、彼女の音楽の根幹を支えるインディー・フォーク・スタイルは不変のものであり、アルバム全体を通じてソング・ライティングのクオリティが傑出しているように思える。

オープニング・トラック「The Outside」はImogen Heapの代表作「Hide and Seek」を彷彿とさせるようなヴォイス・エフェクトが施された実験色の強い楽曲だが実に幻想的で美しい。

続く「Lost Boys」はエモーショナルなコーラスが印象的で躍動感溢れるギターのストロークが痛快だ。

タイトル・トラック「Lost Weekend」の共作者のクレジットにDamien Juradoの名前を見つけたのは嬉しい驚きだったが、その他にもGeeseのCameron WinterやBlake Mills、Conor Oberstといった錚々たる面々が今作のコラボレーターとして名を連ねている。

作品を通じて全く捨て曲のない今回の作品だが、なかでも白眉はAmerican FootballのMike Kinsellaもギターで参加した「Bobby」ではなかろうか。

これからも彼女の代表曲のひとつとして語り継がれるであろう名曲に仕上がっていると思える。

プロデュースは彼女自身と長年の盟友的存在Ethan Gruska、Jack AntonoffそしてAlex Gが務めた。

UKアルバム・チャートで1位、そしてビルボード200でも2位を獲得した今回の「Lost Weekend」、これからも長く愛され続ける作品だと確信出来る。







2026年8月17日月曜日

快挙











 【今週の一枚】














Charli XCX - Music, Fashion, Film [Atlantic 2026]

このアートワークには驚かされた。

John CaleとMarc Jacobs、Martin Scorseseという音楽界、ファッション界、映画界のそれぞれ巨匠というべき存在の3人が不敵な表情で写真に捉えられている。

チャーリーXCXの8thアルバム。

今年は映画「Wuthering Heights」のサウンドトラック盤もリリースしており、UKアルバム・チャートで初登場チャート1位を獲得、今回のアルバムと併せ、一年の間に2枚のチャート・トップ作品をリリースするという離れ業を演じている。

これは英国人女性アーティストとしては初の快挙だそうだ。

2024年の「Brat」ではハイパー・ポップ界の寵児として絶賛を浴びた彼女、今作ではノイジーなギターサウンドを大胆に取り入れ、ロック・ミュージック的なアプローチにシフト・チェンジしてきた。

しかしながら作品一枚を通じての印象はこれも紛れもなくチャーリーそのものだなあというものだった。

彼女ほど突出した個性だと音楽的な方向性が少々変わったくらいでは、そのアイデンティティは微塵も揺るがないと痛感させられた。

レコーディングはパリのRue Boyer Studiosで行われ、プロデュースは長年のコラボレーターA. G. CookとFinn Keaneが手掛けた。

アルバムのラストを飾る「No One Lasts Forever」ではDavid Cronenbergのポエトリー・リーディングがフィーチャーされている。





2026年8月10日月曜日

理由














 【今週の一枚】














Nick Hakim - I Can See [Earseed Records 2026]

NYクイーンズを拠点に活動するマルチ・インストゥルメンタリストNick Hakimによる4年ぶりの4thアルバム。

ブランクの間もAdrianne LenkerやKassa Overall等の作品に携わるなど音楽活動は継続していたようだ。

チリ人の母親とペルー人の父親を持ちコスモポリタンな側面を持つ彼、その音楽性もなかなかに形容し難い異形のものと言えるが、今作も正に一筋縄ではいかない仕上がりとなっている。

オルタナR&Bというカテゴライズが一般的になって久しいが、今回のアルバムをストーナーR&Bと評した記述を見つけ、ものすごく同意させられてしまった。

作品一枚を通じてスモーキーで霞がかった印象というか、酩酊した状態で鳴らされているような感覚に陥るが、細部に耳を傾けると実に緻密に計算された作りとなっているのは実に素晴らしいと思える。

スティーヴ・ライヒとテリー・ライリーからの影響を公言する彼、R&Bをベースにしつつも、ミニマリズム的なアプローチも随所に感じさせてくれる。

往年のトーチソング的な側面も感じられ、どこかノスタルジックなムードを醸し出しているのも味わい深い。

自宅のベッドルームで作品作りが始められ、テキサス州トルニージョのSonic Ranch やニューヨークの数々のスタジオでレコーディングが行われ、プロデュースはNick自身とDijon や Bon Iver等との仕事で名高いAndrew Sarloとの共同作業で行われた。

インパクト抜群で素晴らしいアートワークはデザイナーのArjuna Routte-Prieur と写真家の Jack McKainによって作成されたそう。






2026年7月28日火曜日

確かなこと





















 【今週の一枚】














Friko - Something Worth Waiting For [ATO Records 2026]

やっぱりダサくてエモくてサイコーだ。

シカゴのFriko、2年ぶりのセカンド・アルバム。

鮮烈なデビュー作「Where We've Been, Where We Go from Here」に続く作品とあって期待と不安が交錯するような感覚で聴き始めたが、全くの杞憂であった。

インディー・ミュージックのみならず、よく「セカンド・アルバムのジンクス」みたいなハナシで2枚目でコケるのも珍しくないが、彼らはそのジンクスをさらりと乗り越えてきた。

もともとフロントマンのNiko KapetanとドラマーのBailey Minzenbergerの二人組でライブの際はサポートの二人を加えて4人編成で演奏していたが、正式にベーシストのDavid FullerとギタリストのKorgan Robbがメンバーに加わり新生Frikoとして活動している模様。

もともとNikoのパッショネイトで強烈なボーカル・スタイルと爆音ギター、Baileyのダイナミックなドラム・プレイが持ち味だった彼等、4人組となった事で重厚感が増し、サウンドのスケールもデカくなった印象。

静と動の絶妙なバランスが持ち味でもあるFrikoの音楽だが、今回の作品でも躍動感溢れるトラックが並ぶなかにあって「Certainty」や「Dear Bicycle」のような静謐な美しさをたたえた楽曲も強い印象を残してくれる。

プロデューサーには数々のアーティストの作品を手掛けたJohn Congletonを迎え、アルバムは彼のLAのスタジオでレコーディングされた。

先般開催された今年のフジロックではRed Marqueeのステージに立ち、New OrderのCeremonyのカバーを披露しオーディエンスを魅了したようだ。







2026年7月14日火曜日

摩天楼

 










【今週の一枚】














Nirosta Steel - MY SKYSCRAPER [ULYSSA 2026]

Nirosta SteelことSteven Hallはスコットランド生まれの米国人アーティスト。

1957年生まれの彼は15歳で渡米、70年代からNYのアート・シーンに深く関わり、多くの芸術家と交流を持ったが、なかでも故Arthur Russellとは特別に親しい関係だったようだ。

今作「MY SKYSCRAPER」は約40年にわたる彼の音源アーカイブから厳選した楽曲をULYSSAレーベルとの提携のもと再構築し一枚のアルバムにまとめあげた作品である。

最も古い楽曲は80年代に録音され、最も新しい「FIRST LOVE」は昨年レコーディングされたというから本当に長い時間の隔たりがあるし、録音スタイルもアナログ・カセットから最新のデジタル機器に至るまでかなりバリエーションに富んでいるが、不思議な程に統一感がある。

ヴァイナル版だと2枚組、全17曲収録時間83分の大作だが、全く長さを感じさせない。

ちなみにオープニング・トラック「English Party」は元々Madonnaのために書かれたそうだ。

M14「Mohn (Mandarin Version)」では曲中に突然京劇の歌が流れて驚かされるが、これは京劇歌手の洪秋鳳によるものでStevenは台湾と香港に在住した経験があり広東語で歌った作品をリリースした事もあるのだとか。

またタイにも縁が深くM16「Thaitanium」はバンコクで制作されたようで、正に流浪の吟遊詩人と呼ぶに相応しいと言えるだろう。

インタビューに応えて「69歳でポップスターになるなんて、ばかばかしくて面白い」と嘯く彼だが、実にクールだと思える。






2026年7月7日火曜日

仔羊











 【今週の一枚】














Gustav Kemps - Lonesome For A Storm [Motion Ward 2026]

今年Cancer House の「The Moth」で注目を集めたLAのMotion Wardレーベルより、これまた異才とよぶべきアーティストの作品が発表された。

ベルリンのYorck StreetやFelicity J Lord等とのコラボレーションでも知られるGustav Kempsが初めて自らのソロ・アルバムをリリース。

これが極上の幽玄アンビエント・フォークに仕上がっている。

装飾を極限まで削ぎ落したアレンジはアコースティック・ギターの音色が主体となっており、電子音のエフェクトやフィールド・サンプリングのサウンドが非常に効果的に用いられている。

全てのインストゥルメンツの演奏はGustav自身によってなされ、3曲目の「Fog」とラスト・トラックの「Afterglow」でLily Beltaneによる美麗極まりない歌声が披露されているが歌唱というよりは楽器のひとつとしてのコーラス・ワークという印象が強い。

マスタリングはIke Zwanikkenによって為され、アートワークはJustus de Rodeの撮影した素材をもとにNathan Collisがデザインを担当した模様。

異形のミニマリズム・サウンド、存分に浸りたい。








2026年6月30日火曜日

無銘











 

【今週の一枚】














American Football - LP4 [Polyvinyl 2026]

米イリノイ州のAmerican Footballによる7年ぶりの4thアルバム。

これまでの作品同様今回も正式なアルバム名は無く、通称「LP4」と呼ばれている様。

ドラマーのSteve Lamosが一時脱退した時期もあったようだが、無事復帰を果たし、ギター・ボーカルのMike Kinsella、ベースのNate Kinsella、ギターのSteve Holmesの4人のオリジナル・ラインナップが集結し作品作りが進められたようだ。

ファースト・アルバムがリリースされたのが1999年の事なのでバンドは30年近い歴史を誇る中で4作目というのは寡作な方ともいえるが、Mike KinsellaはJoan of ArcやOwenなど多くのプロジェクトで多数の作品を発表しており、常に活動し続けてきた印象だ。

2019年の「LP4」発表後のツアーを終え一年の休養を経て次作に取り組む予定だったのが、コロナ禍のなか再開には至らず、リモートでの制作にもトライしたものの、なかなか上手くいかなかったらしい。

その後MikeとNateのプロジェクトLIESのアルバムがリリースされ、American Footballとしての活動も本格化、今作の完成に漕ぎ付けたという経緯らしい。

ポスト・ロック、エモの文脈で語られる事が多い彼等、スケール感溢れるダイナミックなバンド・サウンドとリリシズムが同居する音楽性は健在だ。

今回のアルバムにはTurnstileのBrendan Yates、Rainer MariaのCaithlin De Marrais、そしてWispことNatalie R. Luといった面々がコーラスで参加、作品に華を添えている。

7月には2019年以来のフジロックへの参加で久々の来日が予定されている模様。








2026年6月24日水曜日

蟷螂











 

【今週の一枚】














Courtney Barnett - Creature Of Habit [Mom + Pop Music 2026]

豪州出身で現在メルボルンとLAの二拠点で活動するCourtney Barnettの5年ぶりの4thアルバム。

デビュー作「Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit」をリリースしたのが2015年のことなので、もうそれから10年以上の月日が経過した事になる。

これまでの作品はNYのMom + Pop Musicと自身が設立したMilk! Recordsからのリリースだったが、2023年にMilk! Recordsは解散の運びとなったようだ。

重厚なリズム・ワークと切れ味鋭いギター・プレイが心地よいオープニング・トラック「Stay in Your Lane」で幕を開ける本作、続く「Wonder」とM6「Mantis」の2曲は彼女のキャリアを代表するトラックになるような気がしてならない。

M3「Site Unseen」はアルタナ・カントリー界の歌姫のひとりWaxahatcheeをフィーチャー、またM5「One Thing at a Time」では今年ソロ・アルバムを発表したRed Hot Chili PeppersのFleaがベース・プレイを披露している。

Courtney Barnettは先週Spotify O-EASTで来日ソロ公演を行っており、我ながら間抜けな事にその情報をしったのが公演後だっという。

次回は必ず行こう。







2026年6月16日火曜日

 














【今週の一枚】













Fink - The City Is Coming To Erase It All [R'Coup'd 2026]

英国Cornwall出身で現在はベルリンと倫敦を拠点に活動するFinkことFin Greenallによる2年ぶりの9thアルバム。

仏LyonのフィメイルSSWClaire daysのデビュー作および2ndでは演奏のサポートに加えプロデュースにミキシングと全面的なバックアップというべき仕事ぶりであったワケだけれど、自身の作品もコンスタントに発表し続けてくれているのは敬服に値するのでは。

1952年生まれの彼だが幼少の頃から様々な音楽に触れながら育ち、リーズ大学在学中にエレクトロニック・ミュージックやダンス・ミュージックに傾倒するようになりDJとして活動していた時期もあったようだ。

2000年代中頃になると彼の関心は伝統的な音楽に寄せられるようになり、現在のコラボレーターであるギタリスト兼ドラマーのTim ThorntonとベーシストのGuy Whittakerとのトリオ編成でアコースティック・ミュージックを追求した作品作りに邁進するようになった模様。

今作のインスピレーションにはヨークシャー出身のMichael ChapmanやJoni Mitchellが挙げられており、70年代のサウンドの感触に憧憬を抱きつつも、現代風の雰囲気や精神性を追求した音作りに成功しているように感じられた。

アルバムは柔らかな陽光を浴びているかのような感覚に陥る「Wishing For Blue Sky」で幕を開け、彼の麗しい美声とアコギのサウンドを堪能できる佳曲が続くが、ハイライトは中盤の「Memorise Your Senses」だ。

トライバルなリズム・ワークにのって紡がれる音のタペストリーは彼の真骨頂とは言えまいか。

作品のラストを飾る「Spirit Of Place」は唯一のインスト曲で往年のSongs: OhiaことJason Molinaを彷彿させるかのような幽玄美に溢れたトラックとなっている。





2026年6月9日火曜日

業火















 【今週の一枚】













Boards of Canada - Inferno [Warp Records 2026]

スコットランドのMike SandisonとMarcus Eoinによる兄弟デュオBoards of Canadaの13年ぶりとなる5thアルバム。

全19曲収録時間1時間11分の大作だ。

長いブランクの間に幾つかのリミックス作のリリースがあったといえ、多くのファンにとって正に待望のカムバックと言えるだろう。

1998年のデビュー作「Music Has the Right to Children」でエレクトロニック・ミュージック界に登場した彼等、その独特な存在感は今もって健在である。

兄弟が幼少期を過ごした70年代の音楽やメディアに強くノスタルジアを感じているのは明白で、あえて使い古されたサウンドを再現するかの如くヴィンテージ・シンセを駆使して鳴らされる楽曲の数々は時としてオカルティックで呪術的かつ宗教的な響きを現出している。

アルバム一枚が絵画的でもあり、長編の映画を観ているかのような錯覚に陥ってします。

ちなみにBoards of Canadaという名前の由来は1980年ごろに建設業に従事していた兄弟の父親とともにカナダのカルガリーに住んでいた頃に彼等が観ていたドキュメンタリー映画やアニメーションを制作していた政府機関であるカナダ国立映画庁(National Film Board of Canada)にちなんで名付けられたそう。





2026年6月2日火曜日

Thoroughbred














 

【今週の一枚】














Storey Littleton - At a Diner [Don Giovanni 2026]

2000年にリリースされたIdaの「Will You Find Me」という作品には当時大いに感銘を受けて愛聴した記憶があるが、2002年のDaniel LittletonとTara Jane O'Neilの来日公演には当時住んでいた高松から瀬戸大橋を車で渡って尾道まで足を運んだ程思い入れが強かった。

そのIdaのDanielとElizabeth Mitchellの娘がデビュー・アルバムを発表したというので心底驚いた。

期待しすぎる程期待して音源に触れたワケだが、ファースト・インプレッションとしては、拍子抜けする程オーソドックスなスタイルだな、というかともすれば優等生過ぎるようにさえ思えてしまった。

ただ、何度か聴き進めていくうちに、これはノーマル過ぎるようでいて実に深みのあるフォーキッシュ・ポップのように感じられるようになった次第だ。

インディー・フォーク界の正にサラブレット的存在と言える彼女、ソング・ライティングの才能はズバ抜けていると言えるのではないだろうか。

両親からの影響は多大であることは言うまでもないにしても、Kate BushやPrinceへの敬愛も公言しており、Judee SillやLiz Phair等の影響も自らの音楽性に多大であったと認めているそう。

作品は静謐なアコースティック・ギターの調べが印象的な「To Answer」で幕を開け、続く「In The Morning」ではクラリネットの音色が非常に効果的に用いられている。

中盤の「Worst of Everything」では往年のグランジを彷彿させるかのような轟音ギターが鳴り響き、続くタイトル・トラックの「At a Diner」はなんともさりげなくも美しいフォーク・ソングが紡がれている。

ラスト・トラックの「Nothing to No One」は清涼感と疾走感が同居するトラックで、聴いていて実に心地よい。

初っ端からこれだからちょっと末恐ろしいくらいだが、これからもさらっと良作を量産し続けてくれそうな気がしてならない。






2026年5月26日火曜日










 

【今週の一枚】













Kathryn Mohr - Carve [The Flenser 2026]

米国ベイエリアを拠点に活動するKathryn Mohrによる2ndアルバム。

5年の年月をかけて書き上げられた楽曲の数々をアメリカ南西部のモハーヴェ砂漠に移動式住宅を持ち込み数週間かけて、たった一人で制作された。

リズム・トラックは完全に排除され、ギターとフィールド・レコーダーを駆使して録音するという実にストイックなスタイルが採られている。

その作風は硬派極まりなく、殺伐とした雰囲気すら漂わせている。

ただ、荒涼かつ陰鬱なサウンド・スケープが展開されるなかにあって、どこかロマンティックなムードも醸し出しているあたり、一筋縄では行かない表現力を持つアーティストと言えるだろう。

先行シングルの「Property」は重低音の効いたギター・サウンドがとても印象的で、中毒性が高い。

なかでも圧巻はラスト・トラックの「Crow Eyes」で怒涛のギター・ドローン・ノイズには圧倒されるばかりだ。

あまり比較対象になるようなミュージシャンが思い浮かばないが、あえて挙げるとするならThrowing MusesのKristin Hershなんかに近しい部分はあるかも知れない。

ミクシングとマスタリングはThe Flenserのレーベルメイトの Agriculture の Richard Chowenhilが担当した模様。







2026年5月19日火曜日










 

【今週の一枚】













Gia Margaret - Singing [Jagjaguwar 2026]

シカゴを拠点に活動するGia Margaretによる3年ぶりの4thアルバム。

2018年にリリースされたデビュー作のツアー中に声帯を痛め、前2作は基本的にインストゥルメンタル作(それぞれ1曲づつ歌声を披露)だった彼女だが、今回の作品で本格的に「ウタ」に回帰している。

前作「Romantic Piano」は文字通りピアノ主体のアンビエント作品だったが、今作は2曲を除いてその美声を堪能できる仕上がりとなっている。

インスト曲のうちのひとつ「Ambient for Ichiko」は彼女が昨年来日公演を果たした際に共演した青葉市子に捧げられている。

またラスト・トラックの「E-Motion」ではKurt Vileがギタリストとして参加、その他Pedro the LionのDavid Bazan、StarsやBrokenSocialSceneで名高いAmy Millan、Imogen HeapとのFrou Frouが懐かしいGuy SigswortそしてBon Iverの初期ドラマーとして知られるSean Carey等豪華ゲスト陣が客演を果たしているあたり、彼女のヴォーカリストとしての完全復活を祝福しているかのようで感慨深い。

リーディング・シングルにしてオープニング・トラックの「Everyone Around Me Dancing」からして掴みは完璧と言えるが作品のハイライトは中盤の「Good Friend」から「Phenomenon」にかけての流れの様に思えた。

自身の音楽を自嘲気味に「Sleep Rock」と表現する彼女だが、そのサウンドは正に白昼夢のような美しさを湛えていると言えまいか。






2026年5月12日火曜日

生体リズム










 

【今週の一枚】














Mammal Hands - Circadia [Act Music 2026]

英Norwichのジャズ・トリオMammal Handsによる3年ぶりの6thアルバム。

2012年に結成され2014年に1stアルバム「Animalia」をGondwana Recordsからリリースして以来、前作まで同レーベルの所属であったが、今作がAct Musicレーベル移籍第一弾となった。

また今回の作品は元GoGo PenguinのドラマーであるRob Turner加入後初の作品であり、現在トリオのラインナップはピアニストのNick SmartとSaxophonistのJordan Smartの3名から成っている。

その音楽のスタイルはジャズをベースにしつつ、アンビエント・ミュージックやミニマルリズム、ポスト・クラシカル的な側面も併せ持ち、その演奏はポスト・ロックの影響も感じさせる。

レコーディングは WalesのGiant Wafer Studiosで行われプロデュースはMammal Handsと Ben Cappが手掛けている。

アルバム全体を通じて総じて楽曲そして演奏の完成度は高いが、個人的には終盤8曲目の「Four Flowers」に特に感銘を受けた。

アルバム・タイトルの「Circadia」は生体リズム(サーカディアン・リズム)に由来するそうで、全ての生物が持つ約24時間周期の体内機能変動にインスパイアされたのだとか。






2026年4月28日火曜日

意図

 



【今週の一枚】














Ego Ella May - Good Intentions [Believe UK 2026]

ナイジェリア系英国人シンガーEgo Ella Mayによる新作。

これまで3枚のフル・レングスを発表してきた彼女だが、今作が正規のセカンド・アルバムと捉えているようだ。

活況を呈するサウス・ロンドンのシーンにあって、数多のミュージシャンが鎬を削っているワケだけれど、彼女の存在感は刮目に値するといえるのではなかろうか。

19歳にして独学でギターを習得し始め、ビートメイクも自ら手掛けて音楽制作をするようになった後、倫敦のICPM(The Institute of Contemporary Music Performance)に進学して本格的に学ぶに至った模様。

最初のEP「The Tree」をリリースしたのが2013年との事で既に十数年のキャリアを誇るアーティストだ。

彼女の名前はジャズ界のレジェンドElla Jane Fitzgeraldにちなんで付けられたそうで、大のジャズ・ファンだという父親の影響で幼少の頃から聴き親しんでいたらしい。

Sarah VaughanやBillie Holiday、 Nina Simoneなど往年の先達へのレスペクトを抱きつつもYazmin LaceyやFatima、そしてMoonchildのAmber Navranといった同時代を生きるジャズ、ネオ・ソウルのSSW達へのシンパシーを表明する彼女のアティチュードにはとても好感が持てる。

至高のシルキー・ヴェルヴェット・ヴォイス、大いに堪能したい。









2026年4月21日火曜日

放心



















 【今週の一枚】














Cancer House - The Moth [Motion Ward 2026]

数々のポスト・ロック、インディー・ギター・バンドを輩出してきたイリノイ州シカゴからまた新たな才能が現れた。

90年代スロウコア隆盛期を彷彿とさせる音を鳴らすCancer HouseはKeeyan Haack、Lily Sharratt、Alex Furrh、Whitney Johnsonの4人のメンバーで編成されるバンドで、これまで2枚のシングルを発表しており、今作がデビュー・アルバムにあたるようだが、全6曲収録時間29分と短尺な作品であることからEPの括りで捉えられている向きもあるようだ。

リリースはLAのMotion Wardからで設立10年余りと新興レーベルでありながら数々のアンビエント、実験音楽の作品を世に問うている模様。

古くはRed House PaintersやGalaxie 500にGasterDel Sol、00年代以降もDusterやGrouperといった数々のバンドが素晴らしい作品を残してきたが、このCancer Houseもそれらのバンドの系譜に連なる逸材のように思える。

あたかも録音されていなかった架空のジャム・セッションのムードを醸成する事を目指した、と嘯く彼等だが、本当にスタジオのなかで放心した状態で聴いているかのような錯覚に陥ってしまう。






2026年4月13日月曜日

Vitality









 

【今週の一枚】














Robyn - Sexistential [Young 2026]

スウェーデンのモダン・ポップのスーパースターRobynによる8年ぶりの9thアルバム。

英国Youngレーベルへの移籍第一弾となった。

今作は2010年の彼女の代表作「Body Talk」三部作と呼応する内容となっており、あたかも速射砲のように繰り出されるポップ・チューンが目白押しだ。

1979年生まれで46歳になるという彼女だが、そのバイタリティは全く衰え知らずと言えるだろう。

タイトル・トラックの「Sexistential」は体外受精を経て妊娠10週目の状態でワンナイト・スタンドについてラップするという破天荒なパフォーマンスが繰り広げられているが、その完成度は半端ないと思える。

作品全体を通じてこのうえない高揚感に覆われており、フロアで聴いたらさぞかし盛り上がる事だろう。

彼女はデヴィッド・バーンと共にSaturday Night Liveの50周年を祝うパフォーマンスを披露したり、今をときめくチャーリーXCXとも共演を果たしたそうで、その精力的な活動ぶりに心躍らされる思いである。





2026年4月6日月曜日

Not

















 【今週の一枚】














Joshua Burnside - It's Not Going to be Okay [Nettwerk 2026]

北アイルランド出身で現在ベルファストを拠点に活動するJoshua Burnsideの新作アルバム。

昨年の「Teeth of Time」に続き2年連続でのリリースとなった。

オーセンティックなアイリッシュ民謡をベースにした硬派な音楽性は今作でも健在だ。

悲しみの感情が彼の音楽のモチベーションになっており、13歳の頃に作曲を始めたきっかけも悲しみの感情だったと語っている。

今回のアルバムの制作に入る前の2024年8月に長年の親友ディーン・ジェンドゥビが薬物の過剰摂取で亡くなるという痛ましい出来事があり、その経験を受けてレコーディングが始められ、2025年の秋に完成に漕ぎつけた模様。

収録された楽曲は痛み、苦しみ、そして死の避けられない運命について歌われており、そのシリアスな内容と裏腹にどこか牧歌的なムードに覆われたサウンドが印象的だ。

タイトル・トラックの「It's Not Going To Be Okay」は最後に書かれた楽曲で、アルバムのハイライトと言うべきトラックに仕上がっている。

装飾を削ぎ落したシンプル極まりないアレンジが彼の音楽の特徴と言えるが、今回の作品を制作する際にビル・キャラハン&スモッグの「 A River Ain't Too Much To Love」を愛聴していたそうで、その簡素でありながらも豊かな響きがある音楽に大いにインスパイアされたそう。