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【今日の一枚】
Gem Club -
Breakers [
Hardly Art 2011]
ウタモノ・ポスト・クラシカルのひとつの到達点ではなかろうか。
【今日の一冊】
七尾 和晃 -
闇市の帝王 王長徳と封印された「戦後」 [
草思社文庫]
「新橋にもね、もちろん行ったことがあります。新橋は凄かった」
たしかに、林吉が驚くのも無理はなかった。
「自転車を千円千円って言いながら歩くと、誰かがすぐに買うんです。それで、買ったそばから千五百円って言って売りに歩いているんです。それでもすぐに売れていく。それを見てああ、なるほどなあと思ってみてましたね」
それはまさしく、売れるものがあれば何でも売れた、という数々の証言を裏付ける情景だった。
林吉のこの新橋ヤミ市での情景を聞き、私は、ヤミ市が単なる物流の拠点としてだけではなく、まさしく人間本能の解放地として魅力的に見えていたのではないだろうかと思うのだった。ところが、完全に自由な市場かと思われたそこでも、すぐに力関係が明らかになった。「中国人は規制されないから、どんどん広がって」いったのである。
占領軍と日本の警察という二重の足かせをはめられた日本人をしり目に、「戦勝国民」「解放国民」となった中国人と朝鮮人は商売の機運をとらえ勢力拡大をはかる。中国人がどんどん縄張りを広げていくのを見て、日本のアウトローたちは、警察の手が及ばぬのなら我が、と立ち向かっていく。経済的な欲望と国民的な自尊心が、ジメジメとした湿地帯であったという渋谷駅周辺で幾重もの暴力の波を生み、伸縮と拡張を繰り返していた。現代の日本社会に「戦後」が脈々と連なっているという事実を思い知らされる。